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宇都宮地方裁判所 昭和33年(ワ)95号 判決

原告

栃南通運株式会社

外一名

被告

光森天然色印刷出版株式会社

主文

被告は原告会社に対し金七万〇七二三円、原告大塚に対し、金一万〇八八〇円及右金員につきそれぞれ昭和三三年五月三日より該金員支払済に至るまで年五分の割合による金員を附加して支払え。

原告両名のその余の請求は之を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告会社の負担、その四を被告の負担とする。

この判決は被告に対し第一項に限り原告会社において金二万円、原告大塚において金三〇〇〇円の担保を供するときはそれぞれ仮にこれを執行することができる。

事実

原告両名訴訟代理人は

被告は原告会社に対し金一八万七〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和三三年五月三日より支払済に至るまで年六分の割合による金員、原告大塚に対し金二万八九〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和三三年五月三日より支払済に至るまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求め、

請求原因として

(一)訴外野田健一は昭和三二年一一月二〇日午前九時頃印刷を業とする被告会社の雇人たる運転手であるが、被告会社所有のプリンス五七年式ライトバン自家用自動車(以下加害自動車と略称する)東京都四む八九五九号に印刷物約四〇〇キログラムを積載して運転し、小山市方面より宇都宮市方面に向つて東京宇都宮間国道四号線宇都宮市茂原地内を北方に向け約四〇粁の速度で進行していた。その頃原告会社の雇人たる原告大塚隆郎が原告会社所有の普通貨物自動車栃一ー三一四号(以下被害自動車と略称する)を運転し、宇都宮市より小山市方面に向い右国道茂原地内をその進行方向左側により南進していたのであるが、

(二)右訴外野田健一は宇都宮市茂原町一〇一〇番地先に至り加害自動車の左側車輪を舗装されない歩道に落したのでこれを舗装路面上にあげようとしてハンドルを急激に進行方向右即ち東に向け操作したところ、急速度で進行していたため車輛はそのまま道路東側即ち進行方向左より右に向けて道路上をあたかも横断する如く進行した。丁度その頃前記被害自動車が同所にさしかかり加害自動車を避けるいとまもなくその右側面にしかも道路東側において激突されるに至つたものである。

(三)右衝突事故現場附近の国道四号線は中央部に約六米の幅員で舗装されていたものであるから右の如き場合自動車運転者はその車輪を非舗装の歩道に落すべきでなく、又仮に落したとしても一旦停車するか若くは減速して徐々にハンドルを操作すべき業務上の注意義務あるにかかわらず、運転者たる訴外野田健一は減速せずしかも漫然右の如き操作に出たため加害自動車は西側から道路中央部を東進して被告自動車に側面衝突したものであつて、本件事故は同人の過失に基き惹起されたものである。そうだとすれば被告会社はその事業のため同人を雇傭して会社の業務を行うため加害自動車を運転せしめていたものであるから民法第七一五条に基き使用者として同人の右不法行為によつて生じた次の如き損害を賠償する責任を有する。即ち被告会社は

(四)原告会社に対し

(1)右衝突により被害自動車の別紙目録記載の部分に破損を加え、その修理費用として合計金八万七〇〇〇円の損害を与え

(2)右破損により車輛を使用することができなくなり、該車輛を使用することによつて得ていた原告会社の利益は一日金一〇〇〇円であるから右事故発生当日たる昭和三二年一一月二〇日より一〇〇日分として金一〇万円の消極的損害を与え

原告大塚に対しては

(3)右衝突事故により負傷したためその治療費として小山市杉村医院に支払つた金二〇〇〇円宇都宮市雀宮病院に支払つた金六〇〇円の合計金二六〇〇円の損害を与え

(4)更に三週間休業するを余儀なくされたため、稼働によつて得ていた収入一日分金三〇〇円として三週間分合計金六三〇〇円の消極的損害を与え

(5)右衝突事故による精神的苦痛を慰藉するため、金二万円を支払うのが相当であるから

右各金員の支払をなす義務がある。

(五)よつて原告会社は被告に対しその損害合算額金一八万七〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三三年五月三日以降右金員支払済に至るまで商事法定利率年六分の割分による遅延損害金、更に原告大塚はその損害並びに慰藉料合算額金二万八九〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和三三年五月三日以降右金員支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の各支払を求めるため本訴請求に及んだものである。

と述べ、被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め請求原因に対する答弁として(一)は認める。(二)のうち原告等主張の両車輛が国道四号線宇都宮市茂原町一〇一〇番地先路上で衝突したことは認めるが、その余は否認する。(三)のうち国道中央部に幅員六米の舗装部分のあつたこと及び訴外野田健一が加害自動車を会社の業務で運転していたことは認めるがその余は否認する。(四)は不知と述べ抗弁として

訴外野田健一は昭和三二年一一月二〇日会社の用件で加害自動車を運転し栃木県日光市へ赴くため国道四号線を北進していたのであるが、同日午前九時頃宇都宮市茂原町一〇一〇番地先にさしかかつたところ前方約二〇〇米の北方地点を原告大塚が運転する被害自動車が反対方向に進行して来るのを認めた。しかも原告大塚は右道路中央部を時速約四十粁の速度で進行して来るので訴外野田健一はこれを避譲するため同人の進行方向左側に車輛をよせたところ後部車輛の左側が舗装道路面からはずれたのでこれを舗装路面に復させようとして加害自動車を少し右側へよせたところへ被害自動車が進行して来たため衝突したものである。

原告大塚は自動車運転者として対面自動車の進路動静を間断なく注視しその動静によつては徐行又は一時停車しその安全を確認した上で通過し衝突の事故発生を事前に防止すベき業務上の注意義務があるのにかかわらず右注意義務を怠り道路中央部を時速約四十粁の速度で進行して来たため前記の如き事情により衝突するに至つたものである。

故に本件事故が訴外野田健一の過失により発生し原告等に損害を与えたとしても原告大塚にも右過失があるのでその損害額の算定については過失相殺の主張をなすものである。

と述べた。(証拠省略)

理由

一、訴外野田健一が昭和三二年一一月二〇日午前九時頃被告会社の運転手として同社所有の本件加害自動車となつたプリンス五七年式ライトバン自家用車東京都四むー八九五九号に被告会社の印刷物約四〇〇キログラムを積載して運転し小山市方面より宇都宮市方面に向つて国道四号線に当る東京、宇都宮間の通称東京街道と称する道路を北進していたところ、丁度その頃原告大塚が原告会社の運転手として同社所有の本件被害自動車となつた貨物自動車栃一ー三一四号を運転して宇都宮市方面より小山市方面に向け右国道を南進し宇都宮市茂原町一〇一〇番地先の右道路にさしかかつた際、右両車輛が衝突したことは当事者間に争いはない。

二、原告等において右衝突事故は訴外野田健一の過失に基因し発生したものであると主張するのに対し、被告はこれを争い仮に同人の過失に基くものであるとしても原告大塚の過失も加わり右両名の過失が競合して本件衝突事故を惹起せしめたものであると主張するので判断するに

(1)現場の模様成立に争ない甲第二乃至第四号証、同第六号証、証人野田健一、同石川守等の各証言及び本件事故発生の現場検証の結果等を綜合すれば本件衝突事故発生現場附近の国道四号線は南北に直行して見透しもよく事故発生当時交通量は一分間に五台の通過程度でさほど頻繁ではなくしかも見透しには支障を来たさない天候であつた。そして当時の路面は中央部に幅約六・六米の舗装部分がありその両側に約一・七米の非舗装部分があつたのであるが、右路面は各所に舗装の損壊した小陥没部分があり特に衝突現場より南方二十米附近中央線よりやゝ西側に約四米四方深さ約二、三寸程度の陥没部分があり、そのため右附近を北進する自動車はこの陥没部分をさけて西側車輪を非舗装部分に落しながら進行するため本件事故現場附近の非舗装部分は車輪痕によりかなりの悪路となり、処によつては舗装部分より約五、六寸程度低くなつていたことを認めることができる。他に右認定を覆すに足る証拠は存在しない。

(2)前記各自動車の進行及衝突状況、成立に争ない甲第三、四号証、同第六号証、証人野田健一、同石川守等の各証言及本件事故現場検証の結果とを綜合すれば(後記措信しない部分を除く)訴外野田健一は加害自動車を運転して前記国道四号線を時速約四十粁の速度で北進していたところ、本件衝突現場より南方約二〇〇米の地点で前記被害自動車が道路中央部を時速約三十八粁程度の速度で進行して来るのを発見し、このまま直行すれば両車輛が正面衝突するおそれありとその危険を感じたものであるが、かなり接近して後、自己運転の車輛を進行方向左側に寄せながら進行したところ左側前後両車輪が舗装部分より脱落して右車輛が西側へ傾斜したのでこれを直さんとして急激にハンドルを右へ操作して左側車輪を舗装部分に上げたのであるがその際反対方向の被害自動車が接近して来たのを認めたので急ブレーキをかけたためスリツプしながら減速するに従つて右折に操作された前車輪が悪路にもわざわいされて東側に向いて南北に直進する右道路上を横断するような状態となつたところでおりから接近して来た被害自動車の前部右側側面に衝突して後記認定のように該自動車の運転台附近及びその前部を破損し原告大塚隆郎に傷害を与えた外自己の車輛をも大破したものであることを推認することができる。前掲証拠中右認定に反する部分は当裁判所たやすく措信できない。

(3)前記運転者両名の過失

以上の認定事実によれば本件衝突事故は加害自動車の運転手訴外野田健一が非舗装部分より約五、六寸高い舗装部分へ車輪を上げるに際し、起り得べき前記の如き事態を惹起せざるよう、特にすれ違いの対面車輛あるときはその進路動静に注意して徐行又は一時停車等の措置をとつて進行の安全を確認した上通過するよう衝突事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があつたのにかかわらず漫然速度を減ずることなく悪路上接近するにおよびにわかに急ブレーキをかけてハンドルを操作したため発生したもので、同人の重過失に基く事故と言わざるを得ない。しかしながら他方、前記事故発生現場検証の結果によれば前記加害自動車の幅員は一・六八米被害自動車の幅員は二米であつたことも認められ、しかも事故発生現場附近の舗装部分の幅員が前示の如く少くとも六米を超え両車輛がすれ違うのに十分な余裕があつた個所であるから、被害自動車の運転者たる原告大塚も亦右加害自動車を前方に認めた以上その進路動静を注視して中央線より左側に避譲し、事態によれば減速するなど安全なすれ違いを確保すべき業務上の注意義務があつたのに拘らずこれまたその注意義務を怠り漫然減速することなく右道路の中央線を進行したため加害自動車をして非舗装部分にその左側車輪を脱落せしめて事後の応急措置をあやまらしめたものと言わざるを得ないので本件事故発生に同人の過失も加わつたものと認めざるを得ない。

三、前記認定のような不法行為による被害者の損害賠償請求について被害者の被用者の不注意による過失が加わつて損害を生じた場合には、その過失は被害者の過失中に包含され従つて過失相殺を行うべきものと解せられるから、原告大塚の右過失も原告会社の損害賠償請求についてこれを考慮するを要し、又自動車の運行によつて他人の生命又は身体を害した場合の損害賠償責任には自動車損害賠償保障法によつて加害者においてその免責事由を立証する責任を負わされて無過失責任に近いものと認められるに至つたけれどもその場合においても過失相殺は行うべきものと解せられるので原告大塚の損害請求についても同人の過失は参酌せらるべきものである。そうだとすれば原告大塚の右過失は被告の原告等両名に対する前記損害賠償額について参酌せらるべきものとなしいずれもその五分の一を減ずるを相当と思料する。

証人森本貞三の供述により成立を認め得る乙第一、二号証によれば本件事故により被告会社も多額の損害を蒙つたことが認められるが本件事故に関する被告の過失が前示認定の如くである以上原告等の本件損害賠償請求についてこれを斟酌するに由ないものと謂わねばならない。

四、本件事故は以上認定のようであるから使用者たる被告会社は被用者たる訴外野田健一の前示過失によつて生じた本件事故に基く原告等の損害を賠償すべき義務あるものと謂わねばならないところ

(1)原告会社の蒙つた損害額について考えるに

証人山崎和吉,同大森清等の各証言、被害自動車の検証及鑑定人斎藤雅男の鑑定の各結果等を綜合すれば前記事故による被害自動車の破損箇所及損害は別紙目録記載のとおりでこれを原状に回復するためには合計金八万八四一六円を要することを認めらるるので被告会社は右事故によつて同額の損害を原告会社に及ぼしたものと謂わねばならない。他に右認定を左右するに足る証拠は存在しない。  なお原告会社は前記事故のため被害自動車を稼働せしめて得べかりし利益一日金一〇〇〇円の割合による百日間の合計金一〇万円の得べかりし利益を喪失し同額の損害を蒙つた旨主張するけれども証人大森清、同山崎和吉等の各証言と被害自動車の検証の結果とによれば被害自動車はトヨタの四二年か四四年型でかなり老朽化して居り当事者間の交渉が長びいて不調に終つたとは言え原告会社において任意にその修理をなさず金四〇〇〇円で売却処分してしまつたことが認められるのでも早稼働せしめるすべもなく従つて得べかりし利益も存在しなかつたものと謂わねばならないのでこの点に関する原告会社の主張は失当たること明であるから採用することができない。

従つて原告会社は被告に対し右損害金の内前記過失相殺としてその五分の一を控除した残額金七万〇七二三円の損害賠償請求権を有するものと認定せざるを得ない。

(2)次に原告大塚の蒙つた損害額について考えるに

(イ)成立に争いのない甲第五号証の記載によれば本件衝突事故によつて右大塚の右手背及び右前額部に向後十日間の挫創を負わせたことが認められ尚証人大森清の証言と弁論の全趣旨によればその治療費として金二六〇〇円を要したことが認められる。

(ロ)証人大塚清、同山崎和吉の証言によれば原告大塚は右負傷のため約二十日間休業し、ために同人が働いて得ていた日給三〇〇円の二十日分合計金六〇〇〇円の消極的損害を蒙つたことが認められる。

(ハ)原告大塚の蒙つた精神的苦痛については本件事故の態様負傷の程度、同人の職業年齢等諸般の事情を考慮して金銭に換算すれば金五〇〇〇円をもつて慰藉されるものと認めるのが相当である。

他に以上の認定を覆すに足る証拠も存在しない。

従つて原告大塚は被告に対し右(イ)(ロ)(ハ)につきそれぞれ前記過失相殺としてその五分の一を控除した残額合計金一万〇八八〇円の損害賠償並びに慰藉料請求権を有するものと認定せざるを得ない。

被告提出にかかるその余の証拠をもつてするも前示認定を覆すには足らない。

五、尚原告会社は右損害賠償金の遅延損害金として商事法定利率による年六分の割合の金員を請求するけれども不法行為に基く損害賠償請求権は加害者及被害者とも株式会社であつても商行為によつて生じたものではないから右請求は理由がなく単に民法所定の年五分の割合による遅延損害金を認め得るに過ぎない。

よつて被告は原告会社に対し金七万〇七二三円、原告大塚に対し金一万〇八八〇円及びそれぞれ右金員につき訴状送達の翌日である昭和三三年五月三日以降右金員完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものと謂わねばならない。以上の如く原告等の本訴請求は右認定の限度において正当であるからこれを認容しその余は失当としてこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬賢三)

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